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暮らしのなかの左右学

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暮らしのなかの左右学
小沢 康甫著
東京堂出版発行
2009年9月15日初版発行

 振り返ってみると、長い期間にわたり、「左右」という名のモノサシを手に世間を眺めてきたものだ。
 道端の蔓草(つるくさ)を見ればその巻き方を確かめ、喫茶店ではコーヒーカップの取っ手の向きが気になり、デパートに行けば屋上に上がってメリーゴーラウンドの回転方向を観察し、旅先の神社では社殿にかかるしめ縄の両端を見比べる・・・。ざっと、こんな調子である。
 さらに、書店に並ぶ本の背表紙に「左右」がうたってあるだけで、胸がざわつく。ついつい、なけなしの金をはたいてしまう。随分、無駄遣いをしたかもしれない。しかし、嗜好品に手を出すよりも安上がりと決め込んで、買い求めてきた。
 病硬膏(やまいこうこう)とはこのことかと、われながら呆れつつも、「左右探求」を両脇に抱えて歩んできた道のりがなつかしく思われる。

 これは、「暮らしのなかの左右学」の「はじめ」のなかの一文で、著者の「左右」への思い入れの深さが伝わってくる。好奇心と情報収集力も並々ならぬものがあり、各ページには、左右に関する詳細なデータが埋めつくされている。
 本には、「興味にまかせて、その場で読みきってしまう本」と「辞書のように後から必要に応じて引いて見る本」の2種類があると思う。本書は後者で、単なる左右の話を、ここまで深く広く掘り下げた著者の力量に驚嘆した。


 

空気は読まない

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空気は読まない
鎌田 實著
集英社発行
2010年2月28日

KYって初めて聞いたとき、
なんのことだかわからなかった。
「空気が読めないヤツ」のことだと教えてもらった。
KYって言われたくなくて、
みんなが、空気にとわわれはじめた。
なんか、おかしい。
空気は読めるが、
空気に流されないことが大切なのではないか。
空気は読めるが、
あえて、空気を読まないときがあってもいい。
空気をかきまわしたほうがいいときもある。
『「空気」の研究』って本があった。
昔、みんなが空気感染して、
なんだかわからないうちに、
ぼくたちの国は戦争をしてしまった。
「空気」を読んでばかりいると、
あの時代のように、
人は、自分の意見や意思を、
見失ってしまうのではないだろうか。


空気は、人に、街に、時代に伝染する。
じわじわと広がり、いつの間にか、
気分を高揚させたり停滞させたりする。
ときには、景気さえ左右し、経済を動かす。
ときには、国を間違った方向に動かす。
ときには、人間の行動や生き方までも、操っていく。
まわりから浮きたくないと、必死で空気を読む。
空気にとらわれる。
結局、小さな生き方から出られない。
気概を忘れていく。
気が抜けていく。
心が鬱々としてくる。

空気に流されるな。
空気をつくり出せ。
空気をよどますな。
空気をかきまわせ。
それが新しい生き方になる。
それが新しい時代をつくり出す。
信じていい。
空気は・・・読まない。

逆境を生きる

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逆境を生きる
城山三郎著
新潮社発行
2010年2月25日

人間を支える三本の柱

アメリカの精神心理学の中にこんな考え方があります。
人間を支える柱は三つある。その三本の柱がしっかり立っていなければなりません。
すなわち、(セルフself)と(インティマシーintimacy)と(アチーブメントachievement)です。

セルフというのは、自分だけの世界ということです。本を読むこと、音楽を聴くこと、絵を見たり描いたりすることなどがそうですね。
インティマシーというのは、親近性という意味ですね。親しい人たちの関係、例えば妻、子、親しい友人などに支えられています。
アチーブメントは、達成ということです。目標でもいいです。会社でこんなことをやりたい、碁で何段になりたい、ゴルフでハンディキャップいくつになりたいなどです。

この三つは、学説によると民族や人種にって差があるそうです。
セルフの世界が強いのはイギリス人。インティマシーの世界が強いのはアメリカ人。アチーブメントが強いのは、日本人ですね。

何が強くてもいいのですが、ほかの二つも強くなくてはいけない。一本の柱だけに頼っていると、弱いし脆いですね。一本の柱が折れると立ち上がれなくなります。三本の柱をバランスよく太く充実させておけば、万が一、一本の柱が揺れ動いたりしたときでも、あと二本が支えてくれます。わが身を振り返ってもこれは、言うは易し、行なうは難し、かもしれませんが・・・・・。






「昔はよかった」「今の世の中はおかしくなった」という見方の危険性

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著書名 情緒から論理へ
著者名 鈴木光司
発行所 ソフトバンククリエイティブ
初版発行 2009.3.24

「昔はよかった」「今の世の中はおかしくなった」という見方は、どこか危険性をはらんでいそうです。
人間は楽園から転がり落ちたのではなく、地獄から這い出たと考えています。
はるかの過去は人間にとって地獄でした。容赦なき自然にさらされ、人権は確立されず、現代では受け入れ難いような理不尽に満ちていました。

 過去が楽園だったとしたら、人間はそこにとどまり続けたはずです。けれどそうではなかったがゆえに、人間はつらい暮らしに満足せず、社会システムを変え、ここまで進歩してこられたのです。「昔はよかった」「今の世の中はおかしくなった」などと情緒的に語る人は、この歴史が見えていません。もしくはこの点から意識的に目をそらしているのかもしれません。

 これは危険です。なぜなら、「過去の方が幸せだった」とノスタルジーに浸かったり「世も末だ」と虚無的な態度をとったりしていると、現在を克服して明るい未来を築こうというアクションにつながりにくくなるからです。未来への希望を語れない大人たちの態度は、何より、未来を担う子どもたちにとって不幸です。

 文明の進歩が生み出した矛盾、たとえば核兵器や環境破壊や人心荒廃を持ち出して、その時代その時代の理不尽と不合理を解消させよりよい方向へと舵取りをしてきました。ですから、現代に問題があるのなら、解決するために結集すべきであつて、過去を懐かしんだり将来を悲観しているだけでは何も始まらないのてす。

 未来をよくするための議論は、情緒に流されるのではなく、論理的に明晰に行なわれなくてはなりません。非論理性がどんな災いを日本人にもたらしてきたか、歴史をみても明らかです。




そんなに長生きしたいですか

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日本人の死に時
久坂部羊著
幻冬舎発行
2007.1.30 初版発行



そんなに長生きしたいですか(おわりに抜粋)

 この原稿を書き始めてから、私は何人かの知人に「どれくらいまで長生きしたい?」と質問してみました。
 ある友人の奥さんは、「わたしは長生きなんかしたくないわ」と言ったあと、「せいぜい、80歳まででいい」と続けたので、同席者が全員コケてしまいました。せいぜいと言うからには60歳くらいかなと思ったからです。

 別のある友人はこう言いました。
「まあ、90歳くらいまでは現役で仕事をして、引退してから10年くらいゆっくり余生を楽しんでから死にたいな」
 冗談でもふざけているのでもありません。ふつうにそんな感覚でいるのです。

 私は老人医療という仕事がら、苦しい状況の老人を多く見ているので、ことさら悲観的なのかもしれません。しかし、いくらなんでも「せいぜい80歳」とか「100歳まで余生を楽しんで」というのは、楽観的すぎるのではないでしょうか。

 とはいえ、日本人の平均寿命は82歳などと喧伝されると、80歳でも平均以下と感じるのは当然かもしれません。でもそれでいいのでしょうか。60代で寝たきりの人や、70代で毎日「死にたい」と繰り返す人を診ている私としては、首を傾げずにはおられません。

 今はいろいろなことが便利になり、楽しいことが増え、快適な生活が手に入るようになりました。経済的繁栄のために欲望は正当化され、慎ましやかさとか我慢強さは蔑ろにされています。健康産業や介護ビジネスは巨大なマーケットとなり、情報ばかり先走り、欲望ばかり刺激され、人々はまるで悪霊に憑かれた豚のように、悲惨な長寿の谷底へなだれ込んでいくようです。

 現場でその悲惨さに向き合っている私は、何も知らずに長寿を願う人たちに、ついこう聞いてみたくなります。
「そんなに長生きしたいですか」
 自然に逆らうことは、苦しみと煩いを増やすばかりです。多くの老人の死を看取ってそう思います。

 死に時が来たときには、抗わないことがいちばん楽です。受け入れる準備さえできていれば、心穏やかになれるでしょう。そろそろ終わりかなという感覚。
 ああ、楽しい1年だった、なかなか面白い人生だった、あのときは楽しかった、あんなこともあった、こんなすごいこともあった、つらいとき、苦しいこともあったけど、よくがんばった・・・・・・・。思えば楽しい人生だった。

 そんな気持ちで最期を迎えられれば、少しは落ち着いて逝けるのではないでしょうか。それ以上の人生を望んでもきりがないのですから。だから私もそういう準備にかかろうと思っています。それでうまく死ねるかどうかはお楽しみ。


<コメント>
 誰もが望むのは「ぽっくり死」。この望みは、医療の発展によりほぼ閉ざされてしまった。そうなると、著者のいうように、死ぬときの気構えを作っておくしかない。これがあるとないとでは、大きな差があるような気がする。そう思って、長い間、関連の本を読んできたが、まだまだ道遠しである。






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Author:atomura
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広島県呉市出身
年齢 75歳 男
血液型 O型
エニアグラム タイプ5

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